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熊本県産の栗を惜しげもなくたっぷりと。自然な味わいの和栗のテリーヌ

公開日時:2018/08/21 00:00  更新日時:2018/09/12 10:10

生地の7割に熊本県産の希少な栗を使用する和栗のテリーヌは、全国からオーダーが入る人気商品。「パティスリーエトネ」オーナーシェフの多田征二さんに、和栗のテリーヌのこだわりを伺いました。

素材への徹底したこだわりで、定番ケーキが驚きのある美味しさに

高級住宅街・芦屋をはしる大通りから1本入った路地裏に多田さんのお店「パティスリーエトネ」はあります。芦屋の街並みによく似合う、白のタイルと木の扉、看板のブルーがキーカラーになったシンプルな佇まいが印象的。
多田さんはパリの名店「ラデュレ」を経て、神戸北野ホテルがプロデュースする「イグレックプリュス+」の立ち上げからシェフパティシエを勤めた後、約2年前にお店をオープン。独立を機に、ケーキ作りにおいてキーワードにしたのが「原点回帰」でした。

オーナーシェフの多田征二さん。ホテル時代はできなかった“店頭で接客をすること”も大事にしています

「イグレックプリュス+は、三ノ宮にある都会のケーキ屋さんなので地元のケーキ屋さんにはないものを求めてくるお客様が多かったんですよ。お客さんのニーズに応えるために、華やかな色やデザインを意識しながら、あえてスタイリッシュなケーキを作っていました。
今のお店は、近所に住んでいる地元のお客さんがメイン。目新しいものよりは、これまで培ってきたフランス菓子の技術をベースに、普段使いできる定番のケーキを作ろうと思いました」

上:照明や装飾など、インテリアの細部にまでこだわりを感じる店内
左下:ショートケーキの右側にあるケーキ「ランブラス」は、多田シェフがオープン前に訪ねたスペイン・バルセロナにあるランブラス通りの美しさに感銘を受けて作ったもの
右下:「étonné」は、フランス語で「驚かせる」という意味

ショートケーキやフロマージュ、モンブランなど、馴染みのあるケーキが並ぶショーケース。原点回帰から生まれたそれぞれのケーキの背景には、素材を吟味し基本に忠実に作り出す、多田さんの惜しみない努力があります。

「例えば、ショートケーキはみんなの記憶に残っている味だと思うんです。その記憶を超えたときに本物の“美味しい”が生まれる。私が目指しているのは、そういう定番だからこそ感じられる驚きのある美味しさです。ショートケーキのホイップクリームは、北海道産の生クリームを3種類ブレンドして使っています。育った環境や食べ物でミルクの味が異なるので、コーンを食べて育った牛のミルクはコクが、牧草を食べて育った牛のミルクはミルキーさがあります。だから、それぞれのいいところをミックスして、コクとミルキーのバランスがちょうどいい生クリームになるようブレンドしているんです」

横浜にある工場で50種類のミルクを2日間かけて試飲し、その中から3種類を選んだという生クリーム。追求した素材から生まれる食べたときの驚きは、記憶の中の味をいい意味で裏切り、オンリーワンの味になることを多田シェフのケーキは物語っています。

納得のいく栗との出会い。シェフの裏スペシャリテ・栗のテリーヌ

とことん食材の美味しさを追求する多田シェフ。数あるケーキの中で、もっとも特別な素材を使用しているのが和栗のテリーヌです。
生地の7割に熊本県産の和栗を使う贅沢な仕様で、自然な栗の甘みを堪能できます。現在の人気ぶりから“原点回帰”の定番ケーキなのかと思いきや、オープン当時はメニューにラインナップしていなかったそう。

生地だけでなく、ゴロゴロと和栗そのものもたくさん入った栗のテリーヌ

焼き上がりはふっくらとした食感ですが、1日冷蔵庫で休ませるとしっとりとします。

「栗のテリーヌは、イグレックプリュス+時代から私の裏メニューだったんです。お客さんから特別なオーダーが入ったときにだけ作っていたもので、独立してからもお店で出す予定はありませんでした。ところが、口コミで聞きつけたお客さんからぜひ作ってほしいと依頼を受けて、それなら美味しい栗を探そうということになったんです」

数ある仕入先の中でも信頼を置いている食品メーカーさんに聞いたところ、カタログには掲載していない裏商品の和栗があることを教えてもらった多田シェフ。その食材との出会いが、和栗のテリーヌの誕生につながります。

「食べたときは正直驚きました! 甘露煮やシロップ漬けにした栗は砂糖の甘みが先にくるのですが、この栗は栗本来の甘さだけ。これだ! と思いましたね。今回は、メーカーさんと仲良くさせてもらっていたので分けてもらえましたが、いい材料を見つけたり、巡り会うのは素材との縁。そして、人とのつながりも大切だと思います」

生地に栗のペーストをたっぷり使うだけでなく、固形の栗を惜しげもなく入れて焼き上げます。写真の栗はテリーヌ6本分

栗の生産量2位を誇る熊本県。日本産のイメージが強い食材ですが、国内で主に使われているほとんどの和栗が、中国や韓国から輸入したもの。
数が少なく、味も美味しい国産栗は、輸入のものに比べて価格が数倍以上になります。国産の和栗の中でも希少なものとなれば、さらに高くなり仕入れられる量にも限界がでてきますが、多田シェフはほかの栗を使う予定はないと言います。

「最初の1年間は、150本限定で作っていました。1ヶ月10本くらいなので大きな負担にならずに作れていたんです。限定をやめてからは、多い月で200本程度の注文が入ることもありました。さすがにそのときは、栗の仕入れを心配しましたね。万が一、仕入れられなくなったときのために、ほかの栗のペーストでも試してみたのですが、やっぱり味がぜんぜん違う。単純にほかの栗では、栗の味がでないんですよ。熊本県産のものは、大きさこそバラバラですが、山で育った自然な栗の味がするので、私の和栗のテリーヌは栗の美味しさありきのメニューになりますね」

美味しく仕上げるために大切な、温度管理と型の選定

多田シェフの和栗のテリーヌの作り方は、とてもシンプル。ペーストになった和栗の中にバター、卵黄、粉砂糖、コーンスターチを入れて混ぜるだけ。保湿と形状を整えるために必要な粉砂糖ですが、通常の洋菓子に比べて砂糖の量の少なさに驚かされます。
栗の甘みが、しっかりしている証です。工程は混ぜるだけですが、過程のなかで重要なのが温度管理。最適な温度まで生地を温めることで、美しい焼き上がりになるそう。

左:分離しないように卵黄は少しずつ加えます
右:温めた生クリームを入れて24℃まで温度をあげます

「混ぜていく段階で、生地の温度を24℃まで上げていくんです。24℃は、バターを取り扱うときに適している温度。自宅などでパウンドケーキを焼くときも24℃にして焼くと綺麗に焼けるんです。混ぜるとどんどん温度が上がっていきますが、全体を温めるために少し加熱した生クリームを入れます」

栗を並べたら、スプーンを使って生地のなかに栗を埋めていきます

温度管理は繊細で、1℃違うと仕上がりが変わります。ここで注意したいのが、混ぜすぎないこと。空気が入りすぎると、香りや水分が抜けてしまうのです。香りは、空気に触れるとどんどん薄れていきます。温度を上げることで泡立ちにくくなるので、温度管理をこまめにしながら、混ぜ具合を調整し生地を仕上げます。
完成した生地は、絞り袋で型に流し生地が見えなくなるほど和栗を敷き詰めて、160℃のオーブンで70分焼きます。ここでもうひとつ重要なのが焼き型。見識が高い多田シェフは、型の素材も熟知し、選定しているのです。

焼きあがったら同じサイズの型で少し押して形を整え、型から外して冷蔵庫で休ませます

「栗のテリーヌの型はフランス製のものを使っています。日本製の型でも作れないことはないのですが、フランスにしかない金属でできているので、熱の伝導率が違うんです。材料、温度、型。基本を大事にひとつひとつ積み重ねていくことが、和栗のテリーヌの美味しさにつながっていると思います」

焼きあがった栗のテリーヌはふわふわで、甘い栗の香りはうっとりするほど。いい焼きあがりにご満悦の多田シェフは、まるで我が子をみるかのようです。栗のテリーヌを見つめる優しい眼差しから、ケーキ作りへの湧き上がる情熱を感じました。


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