【父の日企画】ライターの娘が父親をインタビューしてみたら、どんな話が聞けるの…?
さまざまな媒体で活躍している、ライターの井上こんさん。お店への取材やいろんな業種の方にインタビューを行い、日々文章を紡いでいるプロのライターです。そんな井上こんさんに、編集部はこんな依頼をしてみました。
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さまざまな媒体で活躍している、ライターの井上こんさん。お店への取材やいろんな業種の方にインタビューを行い、日々文章を紡いでいるプロのライターです。そんな井上こんさんに、編集部はこんな依頼をしてみました。
「ライターとして、ご自分のお父様をインタビューしてください」
親であり、社会の先輩でもあるお父様へのインタビュー。さて、彼女はどんな話を聞くことができたのでしょうか?
うちの父はちょっとのんびりしています。
数年前、父と2人で兄が住むオーストラリアを訪れたときのこと。その日、私たちはフリーマントルという港町を散策していました。100年前に建てられたレンガ造りの駅舎に、開拓時代の趣そのままの建物。「世界で最も19世紀の面影が残る町」といわれる港町は、建築デザインの仕事に関わる父の心を刺激しっぱなしだったようで、ちょっと目を離すとカメラ片手にあっちにふらふら、こっちにふらふら。洒落たカフェを見つけ「あのお店入ろうよ」と振り返るも、そこに父の姿がなく来た道を引き返したことも。
と、娘の存在を忘れてしまうくらい建築オタクな父。でも、これまで父と仕事の話をしたことはほとんどありません。2人で呑むときも、話題に上るのは母やペットのことばかり。家族だからこそ知らない、父の姿ってどんなだろう? そこで、ライター業を生業とする娘の私が、社会人の“後輩”として“先輩”である父へインタビューしてみました。
★父・アキオ プロフィール
建築士。1947年東京生まれ。東京大学卒業後、鹿島建設へ入社。40年間、建築設計の仕事に携わる。退社後は個人事務所を立ち上げ、高齢者施設等の建築デザインを手掛ける。趣味は謡やピアノなどの音楽活動。
年を重ねるにつれて悩み上手に
私:今日は来てくれてありがとうね。仕事をテーマに話を聞いていこうと思うんだけど……それにしても、あらためて向かい合うとなんだか照れくさいね。
父:家だと仕事の話はしないからね。難しい話をすると、すぐ猫や海外ドラマの話に変えられちゃうだもん(笑)
私:ごめん、ごめん。え~と、パパは今70歳だから……社会人になって46年なんだ! 私のライター歴4年からしたら頭が下がっちゃうな。会社員としてのパパを振り返ると、とにかく忙しかった印象があるんだけど、自分ではどう? 入社当時に理想と現実のギャップは感じた?
父:大学卒業前に設計事務所でインターンをしていたから、この業界がある程度忙しいのは予想してたけどね。それでも月150時間以上残業する生活が半年続いたときはさすがに参ったよ~! 若かったからいいけど、図面にくるまって会社で寝てたからね。
私:月150時間残業! 私から見るとパパは「ほわ~んとした人」というイメージなんだけど、現場では相当なプレッシャーがかかってたんだね。自分ではそういうのに強いと思う?
父:う~ん、仕事では弱い方ではないと思う。
私:(む、家庭でのプレッシャーには弱いと……?)
父:そりゃ悩みはそれなりにあったよ。いくら考えてもアイディアが出てこないとか、期限に間に合わないとか。それはライターもあるでしょ? でも、そういうことを重ねていくことで悩み方が分かってくるというのかな。経験を積むうちに、いい案が浮かばなくても「まあそのうち出るだろう」と考えられるようになるんだよ。大変なときこそ、今までできたんだから今回もできないはずがない、という気持ちが自分を支えてくれたように思う。
私:あ~やっぱり親子だなあ、私もそういうところある。まあ死なないし!みたいな。
父:雑だなあ……。
正解はないけど、「正解感」ならある
私:もし私が部下だったらどう? 扱いづらいと思う?
父:いや、意外とそうでもないよ。ぼくはディスカッションが好きだから、ずけずけと言ってくる人間の方が面白い。デザインもライティングも<1+1=2>で片付く世界ではないからね。何かと何かがかみ合うためには臆せず相手の領域まで越境すべきだと思うな。
私:そういう意味ではパパと私の仕事って遠からずなんだね。でも、<1+1=2>じゃない世界の中でどうやってゴールを設定してきたの?
父:正解がなくても、「正解感」なら得られるでしょ。突き詰めた先に「これだ!」って自分なりのゴールがあるの。これがぼくにとってのやりがいだな。不思議と、そういう仕事は実際に着手する前から「今回は正解感を得られそうだぞ」って感覚があるんだよね。
私:なるほど、正解感か! じゃあ、課題が難しければ難しいほど燃える?
父:そんなかっこいいもんじゃないけどさ。でも、過去に某地方銀行の設計を担当したとき、施主からの最初のリクエストが「目立ちつつ、目立たない。目立たないが、目立つ」だったことはある(笑)
私:……もはやとんちの域だね。何を求められているのか分からないじゃない。
父:難しく聞こえるけどね。でも、結局その地方銀行の仕事で社長賞をもらったんだよ。あれは今振り返ってみてもかなり印象的な仕事になったな。でもさ、昔は逆に<1+1=2>みたいに答えが明確な方が好きだったんだ。幾何学がやりたくて大学に入ったけど、難しくて挫折しちゃって(笑)。そのあと化学をやってみたんだけど、実際にやってみると今度は面白みがないわけよ。もっと社会科学的な要素が欲しいぞ、と。それで建築に進んだから、安藤忠雄氏みたいに子どもの頃から建物が好きで好きで、というわけじゃないんだ。
私:こう聞くと、その変わり身の早さも私に遺伝してる気がする(笑)ところで、パパはある意味で私の直属の上司みたいなものだと思うんだよね。直属の上司としてアドバイスはある?
父:直属の上司か……あはは、難しいなあ。ぼくが自分を信頼してるくらいには信頼してるし、自分を信頼してないくらいには信頼してないともいえる。
私:また禅問答みたいなことを。
父:まあ、簡単にいえば似ているってことだよ。だからこそ言えるんだけど、自己流で妄想しちゃうところは気をつけた方がいいかもね。さっきの話でいえば、ライティングも<1+1=2>だけではつまらないだろうから、決して妄想がいけないわけじゃないんだけど、軸はズレないように注意しないと。もう一つアドバイスできるとしたら、他者を年齢や仕事のジャンルで縦割りにしないこと。こういう年齢だからこうだろう、と人なり物なりに対してブレーキを踏まないようにするといいかも。
私:そうだね。特に私はいろんな業種の人に会う機会が多いから、先入観に注意しないと。
父:うん。それと、やりがいもちゃんと感じてほしいね。今はわりとやりたいことをやれているように見えるから基本的には心配してないんだけど、正直、親の立場としてはフリーランスであることに不安がないといったら嘘になる。今後は自分の芯となる部分をもっと深めてがんばってほしいと思ってるよ。
私:ありがとう。パパもこれからもがんばってね!
これまで父のイメージといえば、トイレの電気を点けっぱなしにして母に怒られ、車をこすって母に怒られ……娘からみてもどこかふわふわとした印象でした。でも、こうして社会人としての父に向き合ってみると、ほんの一瞬ですが、家族としての父にはない表情が見えた気がします。そんな父に少しでも仕事を認めてもらうことは、娘として自分が誇らしく、また社会人の後輩として大変励みになるもの。
……でも、帰り道に何にもないところでずっこけるから、やっぱりうちの父はちょっとのんびりしています。
ライター情報
井上こん
ライター。雑誌やウェブ媒体で執筆。趣味はうどん屋巡りとうどん打ち。
Twitter:@koninoue
[ライター/井上こん カメラ/高山諒 編集/ヒャクマンボルト]
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井上こん Twitter:@koninoue
https://twitter.com/koninoue