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廃業寸前からの復活劇。初代と人生の師、そして二代目が紡ぐ「下仁田納豆」物語

公開日時:2019/03/19 00:00  更新日時:2019/03/19 09:03

群馬県にある「下仁田納豆」は、今年で創業56年を迎えます。強い粘り気に、ふっくらと柔らかな粒。ほかにはないその味わいが評判になり、今や食通や全国の百貨店御用達の品となりました。そんな「下仁田納豆」の納豆ですが、約30年前までは地元を歩いて引き売りをする、小さなお店だったそう。父である先代から引き継いだのは、二代目の南都(なんと)隆道さん。そこには、父から受け継いだ技術と、人生の師からの激励による復活劇がありました。

今や食通御用達の逸品! 創業56年を迎える「下仁田納豆」が手がける一流の納豆

「『下仁田納豆』は、私が生まれた年に創業しました。先代であった父は、結構器用な人だったようで、僕が生まれるまでに転職を10社ほどしていたらしく…悪く言うと器用貧乏ですね。創業のきっかけは、4人兄弟の長男である私が生まれるにあたって、信州上田の納豆屋に嫁いだ叔母から『地に足を付けたほうがいいんじゃない、うちの旦那のところに修業に来たら』と声をかけられたことでした。父は、3日で帰ってきたらしいですが(笑)」と南都さんは笑います。

南都さんは、20歳の時に新卒で住宅機器メーカーのエンジニアとして就職。転機は、30歳の時に訪れました。

「父から『会社もちょうど30年。4人の子供たちもしっかり育ったし、そろそろ閉めようと思う』と言われたんです。以前は、何もないこの町があまり好きじゃなかった。それに高度経済成長期に生まれたというのもあり、“納豆屋”という商売がすごく小さく見えていたんです。でも父の言葉を聞いたら、ふと寂しくなっちゃって。思わず『継がせてくれないか』と言ったのが始まりでした」

▲「この町の良さや納豆の美味しさを改めて実感したんです」と下仁田納豆二代目代表取締役の南都隆道さん

先代の“美味しい納豆作り”の考え方は、現在のものとは違っています。

「昔ながらの炭火醗酵方式という製法は変わりませんが、先代の頃は原料が違っていました。コスト削減のため、海外の大豆を使っていたんです。つまり、安い大豆を腕前や技術で美味しくしようとしていた。ただそれでも、一般の工業製品に比べたら値段は高かったんですよ」と南都さん。

父から家業を引き継いだものの、一筋縄にはいきません。地元に根ざした引き売りから卸しに切り替えようと営業を始めたものの、大手の品数とその値段がネックになって、どこも「下仁田納豆」を置いてくれませんでした。

「100軒周って、置いてくれたのは2軒。そんな生活が1年間続いて、営業先で『今ならつぶしがきくから戻ったほうがいい』と諭される始末」と当時を振り返ります。

▲「下仁田納豆」の本社兼工場。企画から製造まで、すべてここで行われています

それでも南都さんは、東京や埼玉の同業者のところにまで足を延ばしていました。そんな中「もぎ豆腐店」を営む茂木稔さんと出会います。

「今でもよく覚えているのですが、営業の途中に埼玉のとあるスーパーへ寄った時、58円や68円の豆腐と一緒に300円の豆腐が並んでいて。しかも、300円の豆腐が人気商品だって言うんですよ。それが、茂木さんが作っている『三之助豆腐』でした。営業の帰り道にその豆腐店を見つけ、社長の茂木さんを訪ねて『300円の豆腐が何故こんなに売れるのでしょうか?』と質問をしました。そして『できたら商売のやり方を教えてもらえませんか』と話すと『いいよ』って大歓迎してくれたんです」

▲納豆の材料は、写真の納豆菌と大豆のみ。至ってシンプルなのです

価格の安い原材料を使って、小売価格を抑えるという作り方を話したところ、茂木さんは怒り始めたと言います。

「『納豆は何でできている?大豆と納豆菌だろう。素材そのものに良いものを使わなくて、美味しくなるはずがないんだ。君の商売は、情熱とプライドがない』と。隣を見て値段を決めるのではなく、“自分が売りたいもの”に売りたい値段を付けるのが仕事なんだ、と話されました。『ハッ!』 としましたね」

それから茂木さんは、自分が使っている国産の大豆を分けてくれ、それで作った納豆を自分の店で販売までしてくれました。

「そのうえ、今後私が営業に訪ねて行くであろう百貨店へあらかじめサンプル品の納豆を届けてくれていて。後に私が営業に行った際、ご担当者様が試食をしないで『明日から納品できますか?』とおっしゃるので訳を尋ねたところ、茂木さんに『そのうち、下仁田納豆というところの若い奴が必ずこちらへ営業に来るので、その時にそいつと直接取引きをしてやってほしい』と頭を下げてお願いされたそうで。それを聞いた時、涙が止まりませんでした」としみじみ。

▲ パッケージは、天然の旨み成分を含む経木を採用。抗菌作用のほか、適度な通気性と保湿性を持ちます

▲ 納豆がまとう経木独特の香りも「下仁田納豆」の特徴のひとつです

「私の納豆作りの根本は、お客様じゃないんです」と南都さんは続けます。

「6年前に亡くなったけれど、茂木さんが『美味しい』って言ってくれるかどうか。もちろん、お客様にも支持されなければいけないんですけど、その前に茂木さんのフィルターを掛ければ必ず伝わるんですよ」と、言葉に力が入ります。

「ある時、茂木さんから『納豆が、三角形の経木の隅まで入っていないじゃないか』と怒られた事がありました。角までピシッと奇麗に入れろって。規定のグラム数入っているからいい、というのはやっつけ仕事。“一流の品”ってそういうことなんじゃないの、と。その思いを心に留めて今日も作っています」

ネバネバ、ふ〜っくら。新旧の融合から生まれるここだけの味わい

群馬の工場では、現在19商品が製造されています。大豆は、約8種類を使い分けており、まず浸漬(しんせき)室で大豆を水に浸してから、蒸煮(じょうしゃ)室で1時間半ほどかけて煮上げていくそう。

▲ 大豆は国産または自然農法のもののみ

昔ながらの製法にこだわる「下仁田納豆」ですが、煮る際は圧力や温度量を微妙に調整できる「自動蒸煮装置」を使用しています。

「大豆をふっくら煮上げるまでは最新の設備、そこからは大豆本来が持つ力を引き出す昔ながらの炭火醗酵方式を採用しています」

唯一無二の美味しさは、現代の技術と先人の知恵が融合することで生まれたのでした。

▲ 二俵サイズのタンクなどを使用し、近所の農家さんのために小ロットでの製造も行っています

柔らかく煮上げて納豆菌をまんべんなく付けたら、最後の工程へ。最近ではヒーターやエアコンで温度調整を行うのが一般的ですが、「下仁田納豆」の温度管理は備長炭の炭火のみ。40度で約20時間、炭火の熱でじっくりと醗酵させます。この遠赤外線の効果が、豆の芯まで柔らかくなる秘密のひとつなのだとか。

▲左:最後の工程は「室(むろ)」という部屋で
▲右:炭火による熱で約20時間じっくりと醗酵させる


「独特の粘りも、炭火の役割が大きいのではないか」と南都さんは話します。

「科学的な効果については、わからないんですよ。ただ、炭火からは一酸化炭素が出るでしょう。生命にとっては非常に毒、これって納豆にとっても毒なんです。考えとしては“間引き効果”ですね」と続けます。

「つまり納豆菌にも強弱があって、毒が充満した環境の中では、強い菌だけが息延びる。7時間経過したら酸素を入れるのですが、すると生き残った菌のDNAだけが広がって、粘りが強くなるんじゃないかな。そんな感覚だと思っています。ヒーターだとぬくぬく弱い菌も一緒に育ってしまうからね。まぁー自然界の中で、一つや二つ、わからないことがあるのも面白いですよね」

▲ 今や日に約35万個もの注文が入っているそう

日本唯一のオール有機納豆も誕生。「下仁田納豆」のこれから

最近では、群馬県産の有機大豆「サトイラズ」を使った「有機納豆 いっ歩(大粒・小粒)」など、より環境に配慮した新商品も生まれています。こちらは、付属の醤油と練り辛子まで有機JAS認証を受けた、日本唯一の納豆というから驚き!
「美味しそうですね」と言うと、南都さんからは意外な言葉が返ってきました。

「付いているタレや辛子を使うと、毎回同じ味になってしまうから、私がオススメしているのは、いつも使っている醤油。ご自宅のキッチンや冷蔵庫にある、いろんな調味料を合わせて召し上がってみてください。塩や味噌を合わせるのもいいですね。小粒を少しオリーブオイルで炒めてから、酢と塩で味を整えて、アボカドやトマトに絡めてサラダ風で食べたり。桜エビやネギと一緒に油揚げで包み焼きにしても美味しいですよ」

専用との醤油と練り辛子がセットになっていながらも、レシピや食べ方のアイデアが満載なのです。美味しいだけでなく、自分好みの味を見つける楽しみがある。南都さんのそんな柔軟な考え方が、より広く愛されるようになった理由かもしれません。

ちなみに「下仁田納豆」に代々伝わる納豆の流儀は、「混ぜる際は右に51回、左に15回、右に5回を3セット」とのこと。

▲「有機納豆 いっ歩(大粒)」。「混ぜる回数は計211回。代々この回数がいいとされています」


最後に「茂木さんから教わった大事なことのひとつに“ものは順繰り”という言葉がありました」と南都さん。

「『最初は俺も50円の豆腐を作っていたけれど、ある方のお世話で500円の豆腐が作れるようになった。お礼をしに行ったら『礼はいいから、次の若い世代が苦しんでいる時に助けてやりなさい』って。今の気持ちで頑張っていれば、やがてそこそこ美味しい納豆として名が知れるんじゃないの。その時に次の若い世代を助けてやれ』って。要するに“恩は送るもの”ということ。この言葉を大切に、これからもやっていきたいですね」

今後も老若男女問わず、愛され続ける納豆が生まれていくことでしょう。

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