栃木から世界へ。クラフトマンシップから生まれた五感を揺さぶる地ビール
ブルワリーやビアスポットなど、全国どこにいても美味しいビールが飲める時代になり、クラフトビールは“ブーム”ではなく“文化”として日本にも根付いてきています。栃木県那須町にビール醸造所を構える「那須高原ビール」が世に届ける一杯は、クラフトビールのパイオニア的存在。創業から今日まで、想像の斜め上をいくビールを作り続ける、社長の小山田孝司さんにお話を聞きました。
モノ作りを心底楽しむクラフトマンから誕生した地ビール
観光やレジャー、温泉を目的に訪れる人が多い栃木県那須町。この地で忘れてはならない場所のひとつが、ビール醸造所とレストランが併設する「那須高原ビール」です。
2018年冬に放送された日テレ系ドラマ「獣になれない私たち」の最終回ロケ地になり、今まで以上に注目されている話題のスポット。
そして、ドラマの中で最も印象的だったビール「ナインテイルドフォックス」は、たくさんの人が“ヴィンテージビール”という存在を知る大きなきっかけになりました。
「今までいろんなメディアで紹介していただきましたけど、今回の反響はすごいですね。ドラマ終了後から注文が殺到し生産が間に合わないくらいで…」と、申し訳なさ半分、嬉しさ半分で話すのが、「那須高原ビール」の生みの親で代表取締役の小山田孝司さん。
▲「那須高原ビール」への愛情を語る、代表の小山田孝司さん。その姿は、まるで少年のよう
▲ 施設の建築デザインには、現代美術家の菅木志雄氏が携わっています。美術館や博物館を彷彿させる空間は、アートさながら
遡ること1996年、栃木県の最北部にあたる那須町で地ビール事業をスタートさせた小山田さんは、生まれも育ちも那須町。実家は代々家具屋を営み、家具販売店の3代目として、また父親が立ち上げたドライビング事業を引き継ぎ運営していました。地ビールを作るきっかけとなったのは、1994年の酒税法改正。地ビールブームが到来する前に「ビール作りならできそう」と直感がビビビッ! と、いうことは無類のビール愛好家だった?
「いえいえ、実を言うと大瓶ビールを2本程度飲むといい気分ですよ。お酒よりもアイスクリームのほうが好き。今考えると、何も知らなかったからできたんですよね。ビール作りの難しさやうんちくを知っていたら怖くてできなかった。『機械さえあれば美味しいビールができる』。そんな感覚で、いざ勉強してみるとまったく違っていて。だけど、機械は発注しているので後にも引けず(笑)」
常々「自分らしいモノが作りたい」という想いがあった小山田さんは、ビールの“味”に興味があると言います。子供の頃から家具作りで使うカンナやノコギリ、機材を使わせてもらい鳩の餌箱を作ったり、家業を引き継いでからは家具のデザインを自らで行なったり。
それらと同じように、ビールを作ることはモノ作りの一環であり、無心で夢中になれること。
那須深山の雪解け水と選りすぐった原料、小山田さんのモノ作りへの情熱が合わさることで生まれる特別な一杯は、ビールが好きな人だけでなく、あまり飲まないという人をも虜にするのだから、世界中で注目されないわけがありません。
▲ 小山田さんが作る地ビールは、世界各国、日本各地で開催されるコンテストで数々の賞を受賞。世界が認めた、神ビールの証です
ビール作りは客観的視点から理想の味わいを想像、そして形へ
細胞を若く保つ効果があり、香りやコクを生む要素も持ち合わせているビール酵母を生きたままパッケージ。完全無ろ過で製造された「那須高原ビール」をわかりやすく例えるなら、果汁100%のフレッシュジュースです。新鮮で、健康や美容にもいいとされるエキスがたっぷり。副原料も使っていないので、モルト本来の色と香りもしっかり生かされ、味も見た目も「これぞビール!」な仕上がり。
宮内庁ご用達の「愛」、原材料に小麦を用いた「ヴァイツェン」、ホップの持ち味が生きた「イングリッシュエール」、芳醇さと甘味に包まれる「スコティッシュエール」、香ばしい苦味が引き立つ「スタウト」の定番品に加え、那須高原産のとちおとめを用いた「いちごエール」、深山の雪の中で熟成させる季節限定の「雪中熟成深山ピルスナー」など、どれもユニークで一度飲むと記憶と舌に強く残るものばかり。
▲ 皇太子ご夫妻が感激されたという「愛」。ロゴやラベルのデザインは、小山田さんが手がけています
「ここを立ち上げる時にドイツへ行き40〜50カ所のブルワリーを飲み歩きました。私が『美味しかった、もう一度飲みたい』と思えるビールは、200種類以上のうち…10種類いくらい。味って難しいですよね」と、当時を振り返り続けます。
「ビールを仕込む時期にガーナ出身で“酵母の魔術師”なんて呼ばれていた男性技術士に出会って。今あるスタイルのビールとその味わいは、彼が教えてくれた知識や技術の影響も大きいんです。自分が好きな味ではなく、誰が飲んでもパッと味がわかって美味しい、そんなビールを作っていたい」
ドイツの醸造学校でビール作りの基本のみを学び、その後は独学で味を探求し続けている小山田さんは、「那須深山の清らかな雪解け水は軟水で、優しい味を持っているのでビールになった時もそれが生きているように。またビールの原点でもある麦芽の風味がしっかり味わってもらえるように」と昔と変わらず今も客観的にビールと向き合っています。
▲ レストランからも望める醸造所。愛情を込めて丁寧に仕込まれている様子は必見です
そして、創業当初から携わっているのが醸造技師の野田さんと藤田さん。20年以上変わらず安定した味が提供できるのは、関係者やスタッフとの出会い、そして楽しみにしているファンの支えがあってこそと小山田さん。ビールを口にする誰もが心打つのは、こんな想いが溢れているからなのかもしれません。
今までに見たことも飲んだこともない伝説のビールを作る
「『ここにしかないビールを作りたい』というのは、創業時からずっとあって『ナインテイルドフォックス』という商品名は構想、試作段階より前に決まっていたんです。由来は、那須地方に伝わる異次元の力を持つ妖怪・九尾の狐から。商品名負けしないビールは、一体どんなものなのか。ガーナ出身の男性技術士とも相談し浮かんだのが、時間が経つことで、寝かせることで美味しさが増していくビールでした」
万人に受け入れられる味をとことん追い求めながらも、この世にひとつしかない味を探し続けること2年。最高に贅沢なヴィンテージビールが、1998年に産声をあげたのです。
「原材料は通常の3倍以上。高アルコールで物珍しさはありますが、ワインやウイスキー寄りの風味にならないよう、ビール本来の味を失わないように仕上げています」
我が子を見つめるような愛おしい眼差しでスッと差し出してくれたのは、2018年度もの。試飲をさせていただくと、少量でブワッと一気に広がるこっくりとした風味に衝撃が走ります。とろりとろり、ゆっくりと喉を通り抜けてもなお鮮烈に残る風味。全身にいつまでも幸福感が漂います。
「1998年から毎年仕込んでいるのですが、購入された方が何年、何十年後かにそれを飲む時、経年変化やビールの美味しさに加えて、あの時あんなことがあったよね、なんて振り返りながら楽しんでもらえると嬉しいです」
▲「ぐるすぐり」の数量限定販売品「ナインテイルドフォックス10本詰め合わせ」。1998〜2007年度の「ナインテイルドフォックス」各150mlが、専用の木箱に入って届きます
飲んだ人を幸せに、「わぁ!」と驚かせるビールを作り続ける小山田さんに、今後作ってみたい、やってみたいことを聞いてみると「今、使っている水は地元のものですが、地元で採れたホップや大麦で作りたいですね」と瞳をキラリと輝かせます。那須から世界に羽ばたくビールが、まだまだ生まれる予感です。
那須高原ビール 株式会社
https://gurusuguri.com/shop/nasukohgenbeer/