ゆっくりと静かに消えて、優しい余韻に包まれる。落雁の製法で作られた「高岡ラムネ」
天保9年(1838年)より続く老舗菓子店「大野屋」は、代表銘菓である「とこなつ」や「田毎」など、越中国府(現、富山県)に赴任した万葉の歌人・大伴家持にちなんだ和菓子を作っています。花鳥風月を映した主菓子は茶人からの信頼も厚く、可憐な姿、優しい味わいから、職人の鍛え抜かれた腕を実感できます。2012年に誕生した「高岡ラムネ」は、伝統的な和菓子の製法を用いりながらも、時代の潮流に挑んだ「大野屋」の意欲作です。「高岡ラムネ」への想いを、9代目社長の娘で店舗運営や商品開発などにも携わる大野悠さんにお聞きしました。
時代と共に歩み、愛され続けてきた老舗の和菓子店
「大野屋」は、天保9年(1838年)に醸造業から転じ創業した和菓子屋です。
素材選びにこだわった和菓子作りは、地元でも高い評価を受けています。大切な方へのおつかいものや挨拶の際に選ばれることが多く、相手を敬う気持ちを伝える逸品として、長年愛され続けてきました。
中でも代表銘菓「とこなつ」は、明治時代から変わらぬ材料と製法を守り継いでいます。餅菓子の表面に和三盆をかぶせた姿は、北アルプス立山に積もった雪を再現。
冬の寒さが厳しい北陸・富山ならではの和菓子と言えます。店舗の一角では洋菓子も販売していて、ショートケーキやシュークリームが、どこか懐かしい雰囲気を漂わせています。目に入ると気持ちがホッと穏やかになるのはなぜでしょう。
▲ 9代目社長の大野隆一さんの娘・悠さん。老舗の暖簾を守りながら、新たな取り組みも積極的に行なっている
お店があるのは、富山県高岡市の「山町筋(やまちょうすじ)」と名付けられた通りです。
山町筋は、加賀藩主の前田利長が、高岡を発展させようと近隣の城下町から人を招いて住まわせた場所です。現在も漆喰で塗り込められた土蔵造りの商家が建ち、重厚な街並みが残されています。
国の重要伝統的建造物保存地区にも選定されていて、毎年5月1日の高岡御車山祭では、古い街並みを背景に7基の山車が巡回します。
▲ 店舗は、富山県木舟町交差点の角にある。どっしりとした佇まいで、店舗に和菓子と洋菓子の厨房を併設している
和菓子屋にしか作れない、現代版の落雁を作りたい
「高岡ラムネ」は、2012年冬より発売しています。「高岡以外のお客様にも買ってもらえる和菓子があったらと思い立ちました」と大野さん。北陸新幹線の開業が3年後に迫り、首都圏を中心に全国からビジネスや観光客を迎えるタイミングで、新しい和菓子を発信するには、絶好の時期でした。
▲「高岡ラムネ」の国産いちご味「春けしき」は、桜やつくし、たけのこ等の春を彩る形をモチーフ
大野屋は、店頭に飾るほど木型をたくさん持っていました。落雁や金華糖といった木型でおこす和菓子は、古くからの日本文化や折々のストーリーを表現しています。しかし現代は、時代や嗜好の変化によって木型を使って作る和菓子が遠い存在になりつつあります。「この面白い造形を、日常で楽しんでほしいと考えました」と大野さんは話します。
父の隆一さんに相談すると、当初はラムネ作りに難色を示していたそう。そこには、江戸時代からの暖簾を守り、和菓子を作り続けてきたというプライドがありました。しかし、上京し地元に戻り「古くからのお客様を大切にしながら、若い人に新しい和菓子を提案していきたい。和菓子屋にしか作れない現代版の落雁を作りたい」と話す娘の気持ちに心を動かされ、結果、賛同を得ることに。
「ラムネは、小さなころに誰もが食べた駄菓子です。幅広い世代の人が『ラムネ』という言葉の響きに懐かしさを感じます。私は決して駄菓子を作ろうと考えたのではなく、大野屋の目線で素材を選び、工夫することで新しいものを作ろうと考えたのです」
▲ 現代では、木型を使った落雁や金華糖の需要が減っています。「木型のよさを知ってもらい日本の伝統美を継承する和菓子が作りたかった」
▲ 製造には、若い和菓子職人さんも携わっています
▲ 手作業なだけあって、自分の感覚で力の加減や混ぜ具合などを覚えていく。誰もがすぐに出来る仕事ではありません
素材には、富山県産コシヒカリの米粉が使われています。拍子木のような棒を使う製法も昔ながらで、棒で押し込むようにしながら果汁などを混ぜて米粉に湿り気を与えています。木型に詰めるのも手作業で、打ち粉をしたら親指でぎゅっと押し込みます。「力の加減は、指の感覚でやっています」と職人さん。素早い作業で、小さな「高岡ラムネ」をおこしていていきます。
最初に発売になった「宝尽くし」と「貝尽くし」には、もともと「大野屋」にあった木型が使われました。どちらも、福徳を招く古来からの吉祥文様が形になっているそうです。「新しいものを作ることにこだわり過ぎるのではなく、古いものを生かそうと考えました」と大野さんは当時を振り返ります。
実家である「大野屋」へ入社する前に、大野さんは東京の婦人服店「ヨーガンレール」で働いていました。「ヨーガンレール」の衣服は、日本各地の産地と交流しながら、和の技術を現代に伝える製品が豊富にあります。そして天然素材にこだわり、日本の伝統や文化を大切にしています。
「和菓子と衣料品という違いはありますが、『ヨーガンレール』で学んだ考え方や感覚が、今も息づいています」
女性に喜ばれるデザイン、手土産にしやすい価格や大きさに
「高岡ラムネ」の発売後の反響は、想像していた以上だったそうです。鞄に入れやすい大きさや買いやすい価格が喜ばれ、女性を中心に手土産としての人気に火がつきました。
「かさばらない、軽い、配りやすいなど、手土産に求められる要素が揃っていたからだと思います。若い女性は見た目の可愛さにも敏感です。パッケージは、金沢美工大の同期で、地域のモノづくりの企画やサポートに携わっているプランナーに依頼しました」
「大野屋」では昨年、創業180周年を記念し、富山県産の黒大豆を使った黒糖蜜のきな粉餅「越の家歌餅」の発売や、世界で活躍する工芸作家とコラボレーションした「とこなつのうつわ展」など、いろんな取り組みが実施されました。一歩先の美味しさを目指して、お菓子の改良や見直しも随時進められています。
「伝統を大切にする部分と、時代と共に更新する部分のバランスを保ち、和菓子を通して日本の文化を伝えていきたいと思っています。今だけではなく次の時代のお客様を意識して物事を考え、地域の個性を大切にしたお菓子をこれからも発信できればいいですね」
おやつの時間に、富山県高岡市産の国吉りんごで味を付けた「御車山」の包みを開きました。小ぶりなサイズながら、木型でおこしたモチーフの形がはっきりと分かり、和菓子職人さんや彫師さんの技術の素晴らしさを感じられます。同じモチーフがないので、どれから食べようかと迷ってしまうほどでした。
▲「御車山」と書かれたパッケージを開くと、高岡御車山祭の主役である山の鉾留や、先導する獅子、加賀藩・前田家の家紋である梅鉢紋などをモチーフにしたラムネが、10粒入っています。富山県高岡市のマスコットキャラクター「利長くん」が入っていたら、ラッキーなことが起きるかも!?
「ラムネ」という言葉の響きから固い食感を想像していましたが、ふんわりとした柔らかな口溶けで、舌の上でゆっくりと静かに消えていきます。その後に国吉りんごの優しい香りが広がって、至福の時間が訪れます。この儚い余韻を再び味わいたくて、もう一粒、あと一粒とつい手が延びます。ほかにも生姜や柚子、イチゴなど、いろんな味がそろっているので食べ比べながら、自分の好きな味を見つけるのもいいかもしれません。
大野屋
https://gurusuguri.com/shop/ohno-ya/