見たことがないものだから面白い。フレンチシェフの “白” への挑戦
記録によれば、フランス語で「焼いたチョコレートケーキ」を指す「ガトーショコラ」が歴史に登場したのは1700年代のことだとか。濃厚な焦げ茶色でお馴染みですが、東京・麻布十番にあるフレンチレストラン「Aile Blanche(エル ブランシュ)」のそれは、ふんわりと温かい、とろけるような白さ。目の覚めるようなこの逸品を生み出した2人のシェフ、小川智寛さんと奥村裕美さんを訪ねました。
優美でユニークな白いガトーショコラができるまで
フランス語で“白い羽”を意味する「Aile Blanche(エル ブランシュ)」。
オーナーシェフの小川さんが、フランスでの修行時代に過ごしたパリ16区の思い出を、ぎゅっと詰めこんだお店です。
▲ 日々、厨房で腕を振るう小川智寛さん(左)と奥村裕美さん(右)
「数ヶ月でしたが、ブローニュの森の近く、窓からはエッフェル塔が見える、気持ちのいいアパルトマンに暮らしました。夕方になれば趣味のいい大人たちが現れ、いい香りのするお酒がグラスに注がれて、料理の美味しい匂いが漂う。そんな16区の空間をイメージしたんです」と小川さん。
2007年、麻布十番の一角にオープンしたこのお店を、ともに切り盛りしているのがシェフの奥村裕美さんです。珍しい食材を使い、非日常を演出できるフランス料理に魅せられて、シェフの道を歩みました。
▲ 麻布十番駅4番出口より徒歩3分の場所に建つビルの5Fに店舗はあります
もともと趣味でお菓子作りに親しんでいた奥村さんに、ある日、小川さんが「店名の“白”をテーマに、美味しいスイーツを作ってほしい」と持ちかけました。
このひと言から生まれたのが、一度耳にすれば忘れない「白いガトーショコラ」。
ユーモラスなアイデアと、空気まで甘くとろけそうなエレガントな見た目。眺めるだけでも楽しい名品ですが、ここから奥村さんの失敗と挑戦の日々が始まったと言います。
「これまでに作ったお菓子の中で、周りから『美味しい!』と言われてきたのがガトーショコラだったんです。だったら、真っ白のオリジナルを作ろうと思い立ちました。見たことのないものを作ってみたかったんです」と、奥村さんは当時を振り返ります。
「でも、もう失敗の連続。卵の黄身の色が出てしまったり、焼く過程でうっすらと焦げてしまったり。まさか真っ白にするのがこんなに難しいなんて。何度も実験を繰り返して、やっと光明が見えてきた時には構想から1年ほど経っていましたね」と、はにかみます。
材料は、チョコレートに卵、小麦粉、バターなど、普通のガトーショコラとほぼ同じ。
でも、美味しさの秘密を握るキーマン、いえ、キー食材がありました。
注目はフランスの人間国宝たちが監修するチョコレート
「チョコレート選びには特にこだわりました。少し違うだけで味がガラッと変わるんです。生地の中にたっぷり入れるホワイトチョコレートは、フランス国家最優秀職人章『M.O.F.』の称号をもつシェフたちが監修した特別なものを使っています」と奥村さん。
▲ フランスから空輸する特別なホワイトチョコレート。生地には、コイン型のものを。削って表面にのせるのは板状のものを使います
「M.O.F.」と言えば「Meilleurs Ouvriers de France(フランスの最高級の職人)」の略。いわばフランスの人間国宝。一般的には手に入らない、レストランだけが注文できる高級チョコの味が楽しめるのです。
ホワイトチョコレートは普通のチョコレートと違って苦味が乏しく、こってりと甘くなりやすいことから「極力、軽やかでスッキリと仕上げるために、レモン果汁を使いました。いわばチョコレートの苦味の代わりですね」と奥村さん。この隠し味が、絶妙なのです。
ふんわり、さっくり、とろり。白いまま焼き上げる技術
材料に続き、作り方も一般的なガトーショコラとほぼ同じ。チョコレートを湯煎で溶かし、卵黄と砂糖、バターや粉、卵白のメレンゲを加えて混ぜ合わせれば、生地のできあがり。
▲ パウンド型に入った生地たちが、お行儀よくガスオーブンの中へ
電気オーブンでは何度試しても、焦げたり、乾いたりを繰り返した奥村さん。ガスオーブンに切り替えて、温度を低めに、少し長めに焼く方法を編み出しました。
「電気オーブンは、均一にムラなく焼ける優秀なツールです。でも、ファンを回して熱風で焼くため、内部が乾燥しがち。一方、ガスオーブンはムラができやすく、温度調節も難しいので扱うには技術が必要ですが、しっとりと焼き上がる魅力もあるんですよ」と小川さん。
しっとりとして、とろけるようなチョコレートのイメージを残しつつ、さっくりとした歯ごたえもある。まるで針の穴を通すようなバランスの上に成り立つ“理想のガトーショコラ”。そんな食べ心地を徹底的に追求した結果、長い挑戦がついに実を結んだのでした。
優雅なティータイムに、あるいは至福のデザートに
▲「Aile Blanche」の世界が自宅で楽しめる「白いガトーショコラ」
上品なブラウンのリボンがかかった箱を開けると、どこからか天使がこっそり運んできてくれたかのような純白のケーキが顔を出します。表面を飾る、きれいにくるんと丸まったコポー・ドゥ・ショコラ(巻きチョコ)は、息を吹きかけただけで溶けてしまいそうな繊細さ。
▲「基本的には冷蔵庫での保存になりますが、食べる30分くらい前に出して常温に近づけると、よりしっとりとして美味しいですよ」と奥村さん
ひと切れをお皿に乗せて、そっとフォークをあてると、わずかな弾力とともにふんわりと飲み込まれます。口に運べば、ホワイトチョコレートのロマンチックな甘み。そして追いかけてくる、爽やかなレモンの味わい。驚くような軽さだから、またひと口。さらにひと口。まだ食べたい。もっと食べたい。めくるめく変化する味のグラデーションに夢中になります。
「合わせる飲み物はコーヒー、紅茶はもちろん、赤白のワインもおすすめ。香りのいいスパークリングもぴったりですし、酸味のあるイチゴやベリーといったフルーツともよく合います。ぜひ試してくださいね」と小川さん。
すべてを優しく包み込んでくれそうな、まっさらな白さと優美な佇まいは、バレンタインやホワイトデー、新しい門出のお祝いにもぴったり。無垢な白さに愛を込めて、大切な人に贈りたい逸品です。
AileBlanche
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